【ロングインタビュー】木村 洋仁(2/2)

2013/05/29| ,

空間デザインや住環境への潜在的な興味


 

高校卒業後は、インテリアと建築の専門学校へ入学。その心は?

「単純に、土木よりもファッションや雑貨に興味を持ち始めていて。でも土木の知識は無駄にしたくなかったし、現場でものを作るのは面白かった。そう考えたときに、『BLEU ROSE』みたいなお店を作るとか、雑貨屋を設計するとか、インフラよりも、建物や空間の方に興味を持ったんです」

 

 

卒業制作では、コレクティブハウスと、コーポラティブハウスが合体したような集合住宅を設計した。

 

「コレクティブハウスは、生活の一部を共有する暮らし方で、たとえば家庭菜園とか、個人ではコストがかかるような設備を共用として住む家。コーポラティブハウスは、家を建てたい人が集まって、自分たちで間取りを決め、その敷地に立てるっていう。その合体版で、自分でペルソナを決めて、『その人が好きなインテリアや空間はこういう感じ』というのを1つひとつ考え、それを組み合わせて集合住宅にしたんです。年代もバラバラで、かついろんな趣味をもってる人が集まって住む、という」

 

話を聞いていると、現在のCCJや、シェアハウスの発想につながっているようにも感じる。が、尋ねてみると「その実感はあまりない」そうだ。無意識の中にこそ、人の意識は表れているのかもしれない。

 

 

 

力不足を痛感、がむしゃらに働いた3年間


 

卒業後は、設計会社へ就職。マンションのモデルルーム設計や、オフィスビルのリノベーションを行う。1年目に痛感したことは―“何もできない”。

 

「例えばモデルルームを建てるにしても、道路や境界線からいくつ離すという法規的な問題もそうだし、受付、見学、商談っていうお客さんの動線を意識して設計する…というのもできなくて。全然ダメでした」

 

図面作成やCG作りは、苦にならない。だから「手にはなりやすかった」。

 

「でも当時の上司が、『人の手になるんじゃなくて、もっといろんなものを見てお前が設計しなきゃダメだ』、と。部分的じゃなく、敷地にどう建てるかから仕上げまで、一連を考えることの大切さを教えてくれました」

 

育てていただいたと、今なら深い感謝の念を伝えたい。だが、できないことをできるようにしていく過程はやはり「大変だった」。元来の負けず嫌いと、できあがった建物を見たときの喜びの積み重ねで、目の前を追い続けた。

 

 

2年目になると、徐々に関わる物件も大きくなり、任される範囲も広がる。

 

「でも失敗を繰り返して、残業も続いてました。家に帰ると“明日が来る”という事実が怖くて、最寄り駅まで帰れても、そこから“家に帰れない”時期があって、近くの銭湯で寝てました(笑)。そのくらいきつかった」

 

そんな2年目を経て、後輩もでき、ひとりで回せる案件も増えてきた3年目。会社全体の案件数が落ち着き、自分の時間もできはじめた。

 

「今思えば、自信過剰になっていた部分もあると思います。あとは『このまま建築でいいのかな?』みたいな気持ちもあって。そんな中で、海外で暮らす友人を訪れたりして、“辞めて、海外行ったら何か変われるんじゃない?”っていう、若かりし何かがあって」

 

丸3年、働き続けた会社を辞めた。

 

 

 

GoodDayとの出会い


 

25歳を迎える5月に、カナダへ。語学学校に通いながら、3ヵ月をバンクーバーで過ごす。

 

「年は違えど、これからどうしよっかな、みたいな人が多くて。人の相談に乗りつつ、結局自分も何してるんだろうな、って」

 

NPO法人GoodDayに入ったのも、ちょうど会社を辞めたとき。カナダにいた当時も、メールでやりとりし、ロゴや画像を作っていた。

 

 

そもそも、GoodDayと出会ったきっかけは何だったのだろう。

 

「スノーボードが大好きなので、スノボ雑誌を買って読んでたんです。そこで、環境デザインなどを手がけていた松田創さんと、プロスノーボーダーの方が対談をしていて。“自然相手にスポーツするなら、自然を大切にしましょう”と。使うワックスは生分解性がいいとか、ゴミは持ち帰ろうとか。なるほど、これなら俺もできる、と思ったんです。実際ワックスはそれに変えたりして」

 

会社を辞めることは決めていたし、新しいことを始めたかった。読んだ記事のイメージをもとに、使ったことのなかったグラフィックツールを使ってロゴマークを作るなど、実験を始める。

 

「人が手をつないで雪の結晶の形になってるロゴマークを作って、ステッカーにして友だちに配ってみたんです。それを社内のCSR担当の子に話したら、いい人がいるから紹介すると言われて」

そして出会ったのが、GoodDayの代表理事、荒昌史さんだった。

 

「デザインできる人を探してるから、一緒にやらないかと誘ってくれて。僕は新しいことにチャレンジしたかったから、ぜひ、と。それでGoodDayに入ったら、当時理事をしていたのが、まさに雑誌で見た松田さんでした(笑)」

 

タイミングがぴたりと一致して、引き寄せられた縁。この出会いが、現在までつながる広がりを見せてゆくことになる。

 

 

 

Web制作とブロック遊びの共通項


 

 

会社を辞めて、GoodDayへ入り、カナダで3ヵ月を過ごして、帰国。知り合いづてで、ロゴやポスター制作の仕事が入ったものの、好調とはいかなかった。

 

「数ヵ月前に始めたばかりで、実力もなければ発想力も全然なくて。自分探しどころか、むしろ見失ってました。何もやれていない、と危機感が出てきて、お金も尽きて。再就職をしようと」

 

早速、オフィスやショールームのデザイン会社で働き始める。その傍ら、GoodDayでWebリニューアルの話が出たのを機に、独学でWebの勉強を始めた。

 

「自分がやりたいというのもあって、じゃあ覚えようと。ネットで検索しては、“こう記述すればこうなる”というのを1つひとつ、試していって。今書いたものがすぐブラウザで確認できる、それが建築にはない早さで、すごく面白いなと思ったんですよね」

 

 

“こう組み合わせてこうなる”というのが、ブロック遊びの感覚に近かった。「Webを作るのがめちゃくちゃ面白くて」、約3ヵ月の試行錯誤の後、無事リニューアルを成し遂げた。